箱庭で見る心:ほどよく依存できる私へ

 

先日、カウンセリングに行って、箱庭をつくりました。

庭では、何気なく置いたアイテムや、その配置から、心の様子が見えてきます。

今回の記事は、自分の箱庭を改めて眺めたときに
特に「依存する」「流れに任せる」ということについての気づきがありましたので、そのことを書いています。

箱庭ってなに?という方には「ふうーん、こんな感じか」と知っていただけると思いますし、
箱庭療法にがっつり取り組んでおられる方にとっては、体験や解釈の一事例として見ていただけると思います。

箱庭とは

箱庭療法は、もともとはユング派の分析家が「サンドプレイ」として実施し始めたものです。

日本には、「これは日本人向きだ」と直感した河合隼雄さんによって導入され、心理臨床の場で広く用いられています。

私は、セルフケアのために月1回のペースでカウンセリングを受けていまして、
ときどき「今日は箱庭やりたいです♪」と申し出て、箱庭制作をさせてもらっています。

ある日の、私の箱庭

さて、今回の箱庭は、全体の様子はこんな感じです。

 

毎回、私は砂をかき分けて「水場」を作りたくなるんです。思えば全面砂地である箱庭は作ったことがないなあ。

今回は、ななめに川を作ってみました。作っているときは意識していなかったけど、川の水は左上から右下方へと流れているように感じます。

一番最初に目に留まって選んだのは、川の中に置いた人形です。
なーんにも考えてないようなお気楽な感じに心惹かれて選びました。たぶん、これ、ジーニーですよね。

彼は、左奥方向へ向かって旅をしている途中ですが、今はふりむいて、後方をみつめています。

まったく警戒心なく、能天気な感じで立っていますが、背中側には、恐ろしげなモンスターがいます。

3体の黒い奴は、道化です。

左側の小高い位置には、鶏、将棋士(?)、シマウマ、原始人がいます。あまりにもジーニーくんが無警戒なので、護ってくれるものが必要な気がして並べてみました。

取り残してきたものをふりかえる

 

今回、箱庭の中に生まれた物語の主人公はジーニーでしょう。

これが「自分」の今を表しているのだとすれば、気になるポイントは、ジーニーくんが後ろを向いていることです。

なんだか、どうしても、後ろを向かせたかったんですよね。

後方の、見つめる先には、ゾウがいます。

このゾウは、全身に模様が描かれているので、普通のゾウではなくて、聖なる存在なんだと思います。

考えてみるに、
きっと今、私は、聖なるものを迎え入れる必要があるのでしょう。聖なるものとは、私がズンズンわが道を行く歩みの中で見過ごしてきた何かです。

目に見える成果ではなく、心のつながりを大事にするとか、結果よりもプロセスを重視するとか、そういうことなのかなあ。私はクリスチャンなので、祈りや聖書の時間を持つということを言われているのかもしれません。

いずれにせよ、足を止めて、それを受け容れることは、ゴール目ざしてへズカズカ進んでいくよりも大事なことなんだと思います。

今はもう必要がなくなったもの・・・

ジーニーくん(私)は、ここでゾウを待っています。

両岸をつなぐ橋が架かっているのですが、今見ると、橋は、ジーニーくんがゾウの方へ行くのを妨げる障害物のように見えます。
ジーニーくんは、妨げられていて、自分からは行けない。

そこへ聖ゾウは、急がず慌てず、向かってきます。

橋は、このときゾウに踏まれて、壊れることになる気がします。

橋は壊れてしまうけど、でも、よく見ると、実は、この橋は必要性が薄いものなんですよね。
だって、ジーニーくんは川の中に悠々と立っているんですから。この川は、橋がなくても渡れるんです。

以前は必要だったけど今は必要がなくなり、むしろ大事なものと自分の間を隔てることになってしまっているもの・・・。

これを現実の生活に置き換えて考えてみると何なのかは、わからないけど・・・。いつか「橋」がこわれたときに、「このことだったんだ」と気づくのかもしれません。

依存し、護ってもらうこと

もうひとつ、今回の箱庭で気になったポイントは、ジーニーくんがとても無防備なことです。

背後にモンスターを置いたとき「これは、やられちゃいそうだな」と思ったけれども、でも、ジーニーくんをモンスター側に向きなおらせようという気にはならなかった。

自分でモンスターと対峙するのではなくて、代わりに、道化や護衛を置いたんです。

ジーニーくんは、きっと、「自分は護ってもらえる、大丈夫だ」と信頼しているんだと思います。

流れにゆだねて、頑張りすぎず生きていく

今回の箱庭には、受け身な自分の姿が現れていました。

箱庭の主人公ジーニーくんは、止まって、助け手が自分の方に来てくれるのを待っていますし、
脅威に自ら立ち向かうのではなく、周囲の助けを当てにし、依存的になっています。

でも、この「受け身的、依存的」な姿は、私には必要なものだと感じられました。

私は、ずっと、「自分の人生は自分で切り拓くのだ!」という生き方を良しとしてきました。この心意気は、もちろん悪いことじゃないと思いますけど、「自分の努力の成果」を重視することが行き過ぎると、しんどいです。下手をすると、人を信じず、孤立した生き方へとつながっていってしまいます。

今の私は、肩ひじ張って「頑張れ、頑張れ」のガムシャラさを、手放すことができうようになってきたんだなあと思います。力を抜いて、流れに身をゆだねることができるようになったんだと思います。

箱庭制作のすすめ

ゆったりと、自然に生きていく。

助けてもらい、依存しながら生きていく。

そんな私に変わってきたんだということを感じた、箱庭制作でした。

箱庭の素敵なところは、制作している最中は、ただ単に楽しく、何気なくやっているだけだってことです。あとで眺めて、あれこれ考えていくと、「自分の心は今こんな感じなんだな」というのが見えてくるんです。

箱庭制作ができるカウンセリングルームはたくさんあると思いますので、機会があれば、ぜひやってみてくださいね。

箱庭については、他の記事もよかったらどうぞ。

 

 

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