
断捨離という言葉が定着して久しいですね。
あなたは、どんどん捨てて身軽になって、すっきり爽快な生活を実現できた方でしょうか。
たぶんですけど、
わかっているけど、なかなか実行できない…という方が多いんではないでしょうか。

実は今、我が家はモノを減らす大キャンペーン実施中でして、
毎日、押し入れの奥から発掘されたものをどんどん捨てている真っ最中です。
いらないものが、こんなに!
「あ、こんなもの置いてたんだ・・・」と、完全に忘れていたものたちが、次々に出てきます。
例えば、穴が開いた靴下。
穴を繕うつもりだったんですよね。でも、「時間がないからあとで」と思ってしまいこみ、それっきり。
それから、布団のシーツがたくさん。
せっかく買ったのに、肌の敏感な子どもたちが「痒くなる」などと言って使用継続できなかったもの。
だけど数回しか使っていないので、もったいなくて置いていました。
いらないものが、相当なスペースを占めていたことを、今更ながら思い知りました。
捨てやすいもの、捨てがたいもの
さて、「いらないもの」の中には、抵抗なく捨てられるものと、捨てることに葛藤を感じるものがありますよね。
明らかに壊れたもの、汚れがひどいもの、などは、比較的簡単に捨てられます。
使おうと思えば使えるものは、リサイクルショップに引き取ってもらうとかすれば、なんとか手放せる。
問題なのは、思い出グッズです。
記念品とか、写真とか、はっきり何かの思い出と直結しているものはもちろんですが、
過去の栄光とか願いとかにまつわるものも、なかなか手放しにくい。
例えば、服ですね。
もうサイズアウトして着られないのに捨てられないのは、
「この服が似合っていた自分」というイメージ が、そこにあるからです。
お菓子作りをしなくなって久しいのに、ハンドミキサーやクッキー型などを置いているのは、
「またいつかやるかも」とか「捨てるのはもったいない」という気持ちもあるでしょうけど、
それ以上に、「お菓子作りをしていた過去の私」を捨てたくない んじゃないでしょうか。
だいぶ前のことですが、
私は、ベビー服や布おむつ類を、全部捨てたことがありました。
あんまり汚れていないものは、人に譲ったりもしましたけど、とにかく全部、手放しました。
もう使わないのは明らかだったので、思い切って、そうしたんですけど・・・
あとで、ものすごい寂しさに襲われたのを覚えています。
そして気づきました。
私が捨てたのは、ただの「モノ」じゃない。
「もう一度赤ちゃんを産むかもしれない」という希望を、すっぱりあきらめることだったんだってことに。

自分の一部を葬るような気がする、強い愛着のあるもの。
事情が許すのなら、まだ手元に置いておけばいいのかもしれませんが、
場所の都合等で、そうもいかない場合もありますよね。
その場合は、きちんと「お別れのセレモニー」をしてあげることをお勧めします。
大切なものとの「お別れセレモニー」
セレモニーと言っても、大層なことをする必要はありません。
ただ、丁重に扱って、丁重に送り出してあげる ということです。
例えば、
ゴミ袋に雑に詰め込むのではなくて、綺麗に紙で包むというのは、どうでしょうか。
紙袋に入れるというのも、いいと思います。
綺麗だけど処分するつもりの、ちょっといい紙袋、ありませんか?
できれば、ちょっとリボンを掛けてみてもいいかもしれません。

その際、心の中でいいので、「ありがとう」とか、「こんなことがあったよね」などと、
ぜひ思い出グッズに語りかけてください。
その他、ご自分で、お別れにふさわしいと感じることなら、なんでも。
そして、もちろん、他のゴミとは分けておきます。
絶対、生ごみなどと混ぜこぜにしては駄目ですよ。

さらに、可能であれば、実際の「ゴミ出し作業」は、誰か他の人に頼むといいと思います。
自分の目に触れないところで出してもらえば、
明らかにゴミになったところを見なくて済みます。
丁寧なお別れで、自分自身を尊重する
どうでしょうか?
きちんと、丁寧にお別れすれば、ずいぶん心の痛みが減るはずです。
思い出と向き合い、きちんと送り出してあげるなら、
押し入れの奥で忘れ去られているよりも、
そのグッズにとっても、自分にとっても、はるかに幸せなことなんじゃないでしょうか。
思い出グッズとの別れは、過去の自分と別れること。
大切な思い出、大切な過去の自分を、決して粗末にせず、丁寧にお別れしましょう。
それは、自分自身を大切にすることにつながります。

あなたの片付けが、穏やかに、優しく生きていくステップになりますように。
「お別れセレモニー」、ぜひ試してみてくださいね。