
どうしていいかわからなくなったとき、あなたはどうやってその状況を打開しますか?
今回の記事は、物事を考えるときにアートを役立てる「アート思考」について書いています。
「アート思考」は、簡単に言えば「手を使って考える」という方法です。
悩んだとき、困ったときに必ず役立つこの思考法、この記事を参考にして、ぜひ試してみてくださいね。
手で考える

「手で考える」。
これ、アート制作を楽しんだことのある人にとっては、たぶん「ああ、確かに、やってるわ」とすんなり納得できる概念だと思うんですけど、
絵を描くとか、その他、彫刻でも陶芸でもなんでもいいんだけど、何らかのアート表現に関わるとき、制作者は、じーっと考え込むということはしません。
とにかく、アタマで考える前に、手を動かし始めます。
例えば、とりあえず鉛筆を握って、グルグルでもグシャグシャでもいいから、何か描く。「描く」というよりも、「鉛筆の痕跡を残す」くらいの感覚です。
そのうち、何かが見えてくる。「これ、いいな」とか「なんだかもっとこの形を描きたい感じ」とか、何かの方向性が、見えてくるんです。
それをつき進めていったものが「作品」として終結する、という流れです。
アートは「生まれる」もの

画家のパウル・クレーは、自分の作品を「自分が作った」ではなく「生まれ出るもの」と言っています。
”私をとりかこむ世界すべては姿を消し、作品がそれ自身生命あるかのように生れ出る。版画の果は、熟しきっては落ちてゆく。わが手は、みしらぬ意志の道具になりきる。私は、そこに友を――よい友も悪い友も持つことになるだろう。だが、私は、かれらすべて、大いなる善意をもっていると思う。
「クレーの日記」 p.415 P.クレ-著 ; 南原実訳 東京 : 新潮社, 1969
ちなみに、クレーってどんな画家なの?という方もいらっしゃると思うので、美術館のリンクを貼っておきますね。著作権の関係で、作品の画像を上げることはできないので。
プロの画家ともなれば、何か素晴らしいアイデアが自分の中にあって、それを表現しているのだろうな、と思ったら、さにあらず。クレーは、自分の手は「見知らぬ意志の道具」だと言うのです。
「見知らぬ意志」なんていうと、なんかちょっと怪しい交霊術みたいな響きにも聞こえますが、そういうことじゃないだろうと思います。
簡単に言えば、「自分が何かを生み出さなくてはいけない」などと考えるよりも、自然に「手に任せる」ということをしていけば、勝手に何か生まれるもんだよ ということなのでしょう。
わからなくても「やってみる」

そして、アート作品を生み出すときだけでなく、「手を動かして考える」は、人生のあらゆる場面で活用できます。
何もわかんないけど、とにかくやってみる。
やってみて、何かが出てきたところで、それを見る。ここで「アタマで考える」の段階が来るのです。「これいいな」「気に入ったな」であればその方向で進めるし、「気に入らないなあ」「こりゃ駄目だ」であれば却下して、また「手を動かす」に戻る。
仮に「こりゃ駄目だ」の判断で振り出しに戻ったとしても、ちゃんと物事は動いています。少なくとも「これじゃない」とひとつ潰すことができたわけですからね。「これの何が、そんなに駄目なのか」と考えることが打開策につながるかもしれません。
進んでいないように見えても、何も動かない「停滞」とは、全然違う。
このような「考える前に手を動かせ」式の思考法は、「アート思考」と命名されて、今やちょっとしたブームの様相を見せています。巷には「アート思考」と銘打った本が、ビジネス書のジャンルでいろいろ出回っていますね。
凝り固まった現状を打開するにはアート思考だ!というわけですね。
アートで心に触れる

とにかく、手を動かせば、何かが生まれる。
美しいもの、綺麗なもの、精巧なものをつくらなくてはいけない という呪縛を取り払えば、アートを生み出せない人は誰一人いません。
アートは勝手に生まれ出るのです。
「アートが勝手に生まれ出る」の作用を最大限に利用しているのが、アートセラピーです。
「アート思考」というと、生まれ出たものを知的に活用するような印象ですが、実際には、アートは、もっと原初的な、前言語的な感覚に働きかける力があります。
アートを使うことで、知的な思考ではアクセスできないような、自己の深い層に触れることが可能になるのです。
自己の深い層に触れる・・・なんていうと、ちょっと怖いような、見たくないような気持ちになるかもしれませんね。
実際、私は、「見たくなかった、無視してきた自分」にアートによって出会うことになり、その気づきは、嬉しいものではありませんでした。
でも、アートを使って、そんな自分の深層に関わっていくことを続けた結果、私は、軽やかな心を手に入れることができたと思っています。このいきさつは、別の記事に書いていますので、よかったらこちらもお読みください。
まとめ
どんどん話がディープになり長い記事になりそうな気配になってきたので、今回はこの辺で終わります。
とにかく今回の主張点は、「落書きでいいから、手を動かして考えるとうまくいくよ」というところでした。考えを進めたり、まとめたり、変換したりするために、アートを役立ててみてください。
具体的にどんなふうにすればいいの?というところは、次の記事が参考になるかもしれません。こちら合わせてどうぞ!


