
心に影が差したり、疲れ切っていることに気づいたりする瞬間って、ありませんか?
正直、とにかくその日その日の仕事をこなさなくちゃいけない。職場でも、家庭でも、立ち止まってなんかいられない。だから常に考え続けているわけじゃないにしても、
ふと「私の人生、これでいいのかな」って、心が揺らぐことって、ありませんか?
私は、ありますよー。今まさに、迷いと悩みの真っ只中です。
毎日クヨクヨ、ウジウジしてますよー。

今回の記事は、悩みをすっきり解決!・・・はできませんが、
読んでいただくと、堂々と胸を張って悩めるようになります。「なんやねん、堂々と悩むって!」と思われた方、ぜひ最後までお読みください。
子どもの頃は、未来が輝いていたけど・・・

子どもの頃は、人生の可能性が無限に広がっていました。
学校の先生になりたい、歌手になりたい、絵描きさんになりたい、素敵な結婚がしたい、子どもを産んでお母さんになりたい、・・・・などなど、いろんなことを思い描きました。
人生設計を考えることは、まるでケーキ屋さんのショーケースに並んでいるケーキを眺めるような、楽しいものでした。どれもこれも魅力的だったし、「これにする」と指さしさえすれば手に入るものだと信じていました。
前途洋々の、輝く未来を信じていたわけです。
だけど、成長するにつれて、未来は「明るく、楽しみなもの」だけではなくなっていきます。
現実が見えてきちゃう。
○○をしたいけど、自分にはその能力がない。○○をするには時間が足りない。○○をするためにはお金がかかる。〇〇をしようとしたけど、試験に落ちた。etc,etc,etc・・・

可能性は、無限のものではなくなってしまいました。
ケーキの話で言うと、財布の中身が乏しい日には、一切れ800円越えの高級タルトには手が出ない。「その辺のコンビニのプリンにしておこうかな」ってなる感じでしょうか。
さらに「これだ!」と確信を持って選んだものが「失敗だったな~」っていう経験をすることもありますよね。ケーキのたとえで言うと、「食べてみたら好みの味じゃなかった」ってやつですね。
モラトリアムは、くりかえし訪れる

「モラトリアム」という言葉をご存知だと思います。
自分に合う生き方を探したり試したりする、アイデンティティ発達途上の段階のことです。
かつては、モラトリアムを経て自覚的なアイデンティティを獲得できれば、その後の人生を安定して進んでいけると考えられていました。でも、今は、モラトリアムの時期は繰り返しやってくるのが普通だということが、心理学の研究の中で明らかになってきています。
つまり、人生について揺らぎ、悩む時期を何回も経験するというのは、生涯発達の視点から見ればあたりまえというか、そういうもんだよということなんですね。
アイデンティティ達成とモラトリアムとを繰り返していく過程には、MAMAサイクル(Moretorium-Achivement-Moretorium-Achivement)なんて名前までつけられちゃってます。
クヨクヨ人生に悩んでいる今は、まさにそのモラトリアム期間に再突入している、ということになりますね。
悩むのは、自由と可能性がある証拠

考えて見れば、モラトリアムを迎えているのは、それは、選択の自由があるからこそ。
つまり、可能性が閉じてしまったように感じていたけど、実はそうじゃないということです。
ケーキのたとえで言うと、もしかしてこう考えることができるかもしれない。
子どもの頃は、ケーキは買ってもらうもの、与えてもらうものでした。だけど大人になった今は、「どの店で買おうかな」と迷うことができるんですよね。
「前に買ってみて美味しかったからまた行こう」もできるし、「行ったことのない初めての店を試してみよう」もできる。さらに「今日は自分でホットケーキミックスで作っちゃおう」もありだし。

迷う、悩むってことができるのは、すごく贅沢な、素敵なこと なのかもしれません。
私の目の前には、今でもたくさんの道、たくさんの可能性がある んですね。
惑う日々には意味がある

・・・なんて言ってますけど、
迷う日々は、それでも、本当はシンドイ。
だからこんなふうに、自分を鼓舞してるんですけどね。
しんどいけど、でも、せめてこの日々が「意味のあるものだ」っていう位置づけになれば、なんとかやっていける。
モラトリアムの時期を、しっかり悩んでいきましょう。
クヨクヨしてる私は、今とっても大事な修行をしてるんだって、そういう自信を持ちましょう。
精神修養っていう、すごーく高尚なことをしてるんですよ、私は。どうだ参ったか!
悩むという大事な仕事に、さあ今日もいそしむといたしましょう。
それではまた、ぜひお会いしましょう。
最後に、こんなクヨクヨ対処法も書いてますので、よかったらこちらもどうぞ。
