
細田守監督のアニメ映画「竜とそばかすの姫」、ご覧になりましたか?
私は、この映画、かなり好きなんです。圧倒的な映像と音楽に、一気に持っていかれました。
そして、自分自身を深く探り考えるような体験ともなる映画でした。
今回の記事では、この映画をもとに、
現実とは違う「もう一つの人生」を生きる「もう一人の私」について考えます。
そして、平野啓一郎さんの「分人」という概念と、ハーマンスの「対話的自己」という概念についても触れていきます。
「竜とそばかすの姫」あらすじ

できるだけネタバレにならないように、ざーっくり、あらすじ紹介をしますね。
「竜とそばかすの姫」の主人公、鈴は、内気で目立たない高校生。
音楽好きでありながら、歌を歌うと嘔吐などの身体症状が出てしまうという状況にあります。それには、幼少期のトラウマ的な喪失体験が関係しているようです。
その鈴は、高度なSNSコミュニティ「U」の中では、空前の大ブームを巻き起こしている歌姫Bellになっています。バーチャル世界の中でだけ、彼女は自分を解き放ち、大観衆の前で堂々と歌うことができるんです。
物語は、Bellが「U」の世界で「竜」と呼ばれる嫌われ者と出会い、
そこから現実世界での鈴も変容し、成長をしていくことになります。
その過程が、心に染み入る歌声と共に展開していきます。
「別の人生」「別の自分」とは

さて、「U」は、「現実は変えられない。でも、ここでは別の人生をやり直すことができる」と誘い、アカウント数50億という大盛況になっています。
別の人生。別の自分。
魅惑的な言葉ですね。
100%、現実生活の中での自分に満足しかないっていう人はいないでしょうから、「別の自分になりたい」という願いは、誰もが大なり小なり持っているのではないでしょうか。
でも、本当はわざわざ「別の自分」を作り出すまでもなく、
私たちはすでに、いろいろな面を持った「自分」なのです。
職場での私と家庭での私は違います。
家庭内でも、母親としての私と、妻である私は違います。また、実家に帰れば娘である私もあり、夫の実家で見せる私はもちろんまた違う。
友達Aさんの前の私と、友達Bさんの前の私も、同じじゃない。
自然とそうなるっていう場合もあるけど、意識して使い分けている部分もあります。
よく「偽りの自分」と「本当の自分」なんて言ったりするけど、
どれが偽りでどれが本物なんて、はっきり分けられるもんじゃなく、どれも自分なんですよね。
「分人」・・・どれもが「自分」

作家の平野啓一郎さんは、「いろいろな自分があっていいじゃないの」ということを、「分人」という言葉で定義しています。
不可分と思われている「個人」を分けて、その下に更に小さな単位を考える。そのために本書では「分人」(dividual)という造語を導入した。「分けられる」という意味だ。
(中略)
一人の人間の中には、複数の分人が存在している。両親との分人、恋人との分人、親友との分人、職場での分人、・・・・・・あなたという人間は、これらの分人の集合体である。
(中略)
そして、そのスイッチングは、中心の司令塔が意識的に行っているのではなく、相手次第でオートマチックになされている。街中で、友達にバッタリ出会して、「おお!」と声を上げる時、私たちは無意識にその人との分人になる。「本当の自分」が、慌てて意識的に、仮面をかぶったり、キャラを演じたりするわけではない。感情を隅々までコントロールすることなど不可能である。
平野啓一郎「私とは何か 『個人』から『分人』へ」講談社現代新書2012年
人は、いろいろな自分を生きていい。というより、そういうもんだ。
こう考えることは、私たちの心を、少し楽にしてくれる気がします。
その自分が、ありたい姿と違いすぎないか

ただし、その「分人」が、自分にとって「こうありたいと思う姿」と、どれくらいマッチしているかは、重要なところじゃないかと思います。
「竜とそばかすの姫」で言えば、鈴は、現実世界の自分を居心地悪く感じていました。傷つき、閉じこもり、言いたいことを言えず・・・。
あまりにも「こうありたい」と願う自分の姿とのギャップが開きすぎている場合は、大きな苦しみを味わうことになってしまいます。
その「分人」を、自分で好きでいられるかどうか。ここは、大事にかんがえたいところじゃないでしょうか。
小さな関わりが、自分を支える

もちろん、100%満足することなんか不可能です。
嫌でも、自分の意志を曲げなきゃいけないこともある。情況に流されてしまうこともある。力不足に泣くこともある。
でも、その場で、少しでも、自分から何かをしようとする自分でありたいと思うのです。
そして、
「分人」は、どれも自分なのだから、
ひとつの「分人」の起こした小さな変化は、他の分人にも波及していくものだと思います。
非現実の世界での自分も、大切な人生

鈴は、バーチャル世界での自分を輝かせることによって、現実の自分も変わっていきました。
私は、アートセラピーという心理療法に関わって活動しています。
アートセラピーの場は、現実とは違うイメージの世界。「ただ色を塗っただけ」「なんとなく絵を描いただけ」ということをしながら、現実とは違う非日常の時間をすごします。
でも、イメージの世界での活動は、現実の生活場面での「分人」にも変化を起こすんです。
劇的にその効果が見える場合もあれば、密やかに進行する場合もあり、そのプロセスは人それぞれだけど。
人間のこころやいのちって、本当に不思議です。
「分人」と「対話的自己」
この「分人」という考え方は、オランダの心理学者、ハーマンスの唱えた「対話的自己」の概念と、かなり共通するように思えます。
対話的自己論については、いくつか記事を書いていますので、よかったら合わせてどうぞ。
イメージの世界で小さな変化へ踏み出そう

現実世界でこれまでと違う行動をとるのは、難しく、怖いもの。でも、
イメージの世界で遊ぶ形でなら、もっと気軽に「新しい自分」を試してみることが可能です。
アートセラピーは、鈴が「U」で経験したような変革を、心にもたらすことができるものです。
興味がある方は、ぜひ声をかけてください。
無理やり自分を変えさせるような無茶なことではなく、ちょっとした「遊び」として取り組む経験を、ぜひしてみてください。
バーチャルでも現実でも、どの「分人」であっても、それぞれの場で、人やものごとと誠実に関わっていく。そんなあゆみをしていきたいものですね。
