失敗を恐れない心の極意は「遊び」にあり

 

失敗するのが怖い。あなたは、そんな思いに囚われてはいませんか?

失敗をしたことのない人はいませんし、失敗を恐れることは慎重さを生むので、物事を円滑に進めるにはむしろ必要だったりもします。

だけど、失敗を恐れる思いが強すぎて、自由が制限されていく感覚を味わっているのなら、

今回の記事をぜひ参考にしてみてください。

「失敗を恐れない」って、どんなこと?

失敗に関する格言・名言は、たくさんありますね。

すぐ思いつくところでは、

「失敗は成功の母」「七転び八起き」「転んでも、ただでは起きない」ってところでしょうか。
どれも、失敗にへこたれず再チャレンジすることを奨励する内容です。

 

偉人・著名人のエピソードで言うと、有名なのは、発明王エジソンでしょう。
発明の過程では、うまくいかないことの連続だったはずですが、「私は失敗したことはない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を発見しただけだ」という趣旨の言葉をしょっちゅう言っていたそうです。

エジソン、すごいですね。普通、へこたれるよね、1万回うまくいかなかったら・・・。

失敗にめげない人の秘密

なぜエジソンは、1万回「失敗」をしても、邁進しつづけることができたんでしょう。エジソンは、超人的に打たれ強い人だったんでしょうか。

そうかもしれないけど、・・・たぶん、そうじゃない。

きっと、エジソンにとって、発明のために研究することは、「遊び」だったんだと思います。
おもしろくてたまらない。「こうやったら、どうなるんだろう?」って、ワクワクが止まらなかったんじゃないかと思うんです。

おそらく、エジソンは、生涯、遊び続けた人だったのではないかと、私は思います。

失敗を許してくれない社会の圧力

失敗するのが怖い。もし、あなたが、その恐れに囚われている人であれば、
「失敗を恐れず、挑戦してごらん」的なアドバイスは、さんざん受けてきたのではないかと思います。
「結果よりも、過程が大事なんだ。結果を気にせず、やってみよう」なんて言葉も、よく聞くのではないでしょうか。

でも、現実社会は、「失敗したら、困ったことになる」という恐れを利用して成り立っているところがあります。
その最たるものが、受験でしょう。「入試で失敗したら、人生に失敗するよ」というメッセージが学歴社会を支えています。

「出る杭は打たれる」「長い物には巻かれろ」の風潮も強い。

 

そんな世間の風に敏感に生きてきたなら、「失敗を避けるために、冒険はせず、無難に、人の顔色を見て、主張せず」というスタイルが確立されていくのは、むしろ当然だと言えます。

「失敗する練習」をしよう!

何を大事に生きていくかは、人それぞれ。
でも、ここまでこの記事を読んでくださったのであれば、きっとあなたは、そんな「失敗を恐れている自分」に、疑問を感じておられるのではないかと思います。そして、自分を変えたいと思うけれども、変われない。そんなフラストレーションを感じておられるのではないでしょうか。

人は、決心したって、いきなり変わることはできません。それには、練習が必要です。

遊ぶことが「失敗を恐れない」練習になる

その練習になるのが、「遊ぶこと」です。

現実の利害が生じる場面で「失敗するかもしれないけど、やってみよう!」を実践するのは、いきなりハードルが高いですよね。
でも、遊びであれば、失敗してもその場だけのことで済みます。

アメリカで障害児支援に関わっているShirley S. Michelmanさんは、こんなふうに言っています。

誤りやまちがった決定をとり消すことができない卓上ゲームは、危険を冒すことや意思決定を促進する。子どもが得点によって次の動きをとり決めることができ、また、リターンマッチで、再度、勝つことができることを認識するようになるにつれて、彼には選択についての恐れや不安が少なくなる。

「遊びと探索学習 知的好奇心による行動の研究」Mary Reilly著 山田孝 訳 昭和57年 
4章 Shirley S. Michelman「遊びと障害児p.255)

アートで遊ぶことの効能

あらゆる遊びの中で、Michelmanさんが特に勧めているのが、アート遊びです。

前掲書に、極度に失敗を恐れている二人の子どもの事例が紹介されていました。

 

カールとビクターは、何かを選んだり、決めたりすることを求められると、凍りついてしまう子どもたち。おびえきった表情で「わかりません」と言うのが精一杯という状況でした。

彼らに関わる支援者たちは、「失敗しても大丈夫」という経験をするために、アート表現活動が最適だと考えます。そして、カールとビクターは、数人のグループ・アートセラピーに定期的に参加することになったのです。

アートセラピー・グループでは、「アートでは正しいとかまちがいということがなく、違うやり方があるだけ」と伝えられました。
そして、毎回、表現活動のアイデアが提供されたのです。例えば、「行ってみたい風景」「交通騒音の絵」「楽しかった経験の絵」「ザラザラとなめらか、かたいとやわらかい、のコラージュ」「物語の読み聞かせ」「生活廃材で街づくり」など・・・。

このグループでも、カールとビクターは、初めはこわごわ、遠くから見ているような状態でした。

でも、回を重ねるにつれて、彼らの緊張は次第に解けてリラックスできるようになり、集団活動にも溶け込んでいきました。

そして、初めて扱う材料や用具に出会ったときにも、それを試してみるようになったのです。
まずはそれを手に取り、触り、いじります。次に、それで遊び、それをどうすればよいかを知るために実験する。そして、最終的に、彼は意図したアイデアを実現するためにその材料を使ってみるのです。

遊び環境の中で、色や形の実験をしてみることを通じて、彼らは、「いちかばちかやってみること」に身を投じることができるようになったのです。やがて、アートセラピー以外の場においても、問題解決や意志決定をするようになっていきました。

アートでは「全部が正解」

先ほど挙げた例は1982年のものですから若干古いですけど、アートで遊ぶことの有効性は、今でも変わらないと思います。

アートにおいては、唯一の正解なんてものはありません。全部正解だから、不正解もない。

 

もちろん、やってみた結果「気に入らないな」というものになる可能性はあるけれど、ただそれだけのことです。気に入らなかったなら、別の方法を試すなり、もう一回やってみるなりすればいい。

また、失敗だと思ったものが新たなアイデアを生むことも、しばしばです。

もし、同じ場所で何人か一緒にアートができれば、「10人いれば10通りのやり方がある」ということを目の当たりにすることができます。

自分の可能性を育む「アートセラピー」

ただ、学校の図工や美術の時間は、もしかすると、人それぞれの多様性を発揮できる場になっていなかったかもしれません。

これは本当に残念なことですが、指導する先生によっては、その先生の思うとおりの作品を作らされている場合があるのが現状です。また、数字で優劣の評価をされてしまうのも辛い。これでは、「失敗を恐れずやってみる」どころではありませんよね。

 

アートセラピーの場では、表現を「こうしなさい」と方向づけることはしませんし、「上手、下手」などというジャッジは、決してありません。

ぜひ「アートで遊ぶ」経験を、試してみてほしいと思います。

鉛筆でもクレヨンでも紙でも、なんでもいいんだけど、素材に触れて、ただ試してみる。そんな「遊び」を通じて、失敗を恐れる囚われからの自由を、感じてみてください。

 

気楽に楽しめる「遊びの時間」を、意識して作っていきましょう。

人生すべてを遊べる人に


私自身は、振り返ってみると、わりと「失敗したくない」って不安は少ない方かなあと思っています。それは、日常的にアートに親しんできたおかげかもしれません。どっちかといえば、「失敗を想定していなかったために後で大慌て」エピソードの方が多いかも。

 

とはいえ、エジソンみたいに、「人生すべてを遊びとして楽しめる達人」の域には、私もまだまだ遠いです。アートで練習して、人生の達人を目指していこうと思います。

 

 

おすすめの記事