
忙しかったり、うれしくないことが多発したり、順調な日ばかりではない日常。
心がずっとテンパっていませんか?または、ずっとお疲れモードになってはいませんか?
ちょっとでいいから、日常を離れたい!って思うことって、ありますよね。
普段の生活とは別の場ですごすことは、とても大事。ガス抜きとして、さらには本来の自分らしさを開花させるためにも・・・。
今日は、先日、映画「竜とそばかすの姫」をネタにして、「非日常」の意味について考えていきます。
「竜とそばかすの姫」の非日常世界

「竜とそばかすの姫」は、2021年夏に劇場公開中の映画で、インターネット上のバーチャル世界「U」が舞台となっています。
「U」のキャッチフレーズは、「現実は変えられない。でも、ここでは別の人生をやり直すことができる」。アカウント数50億という大盛況になっている、という設定です。
「U」には、自分の生体情報から自動生成されたアバターを使って入ります。
主人公の気弱な少女・鈴は、「U」では、圧倒的な人気を誇る歌姫になっている・・・というのが物語の発端です。
「U」では、アバターで過ごし、交流するので、その人が現実世界でどんな人物なのかは、誰も知りません。誰も自分のことを知らないからこそ、彼らはのびのびと楽しむことができるのです。
「U」内の治安を脅かす行為に対する罰則は、現実の姿をさらされることなのです。
非日常は、貴重な息抜き

この状況から、私が連想したのは、仮面舞踏会です。
仮面をつけ、身分や肩書に関わりなく戯れる無礼講。もし舞踏会の最中に仮面が外れ、自分が誰であるかを知られてしまったら、たちまち自由な心は委縮し、普段の自分に戻ってしまいます。
今でもヴェネツィアのカーニバルには世界中から人々が集うそうですが、普段のしがらみから解放されて、非日常の世界で遊ぶことは、心のガスを抜く効果があるのでしょう。
とはいえ、「U」のバーチャル世界へのアクセスは年中いつでも可能で、年に1回のカーニバルとはそこが大きく異なります。期間限定の祭りであれば、その期間を過ぎれば、日常の生活に戻らざるをえません。
祭りの終焉を残念には思うけれど、期間限定であることは、現実逃避の世界に呑み込まれないための安全装置でもあります。
非日常に呑み込まれるとき

「U」のように、日常的に入り浸れる非日常空間は、過度の依存状態を引き起こしかねない、危険なものになり得ます。
今、「U」ほどではなくても、ネット依存、ゲーム依存の問題は、深刻になっていますよね。次から次へと続けてしまう。やめられない。今の映像の吸引力はすごいですからね・・・。
実は私、ゲーム依存になりやすい性質を持っているようなんです。
初期の「ドラゴンクエスト」にハマって、やめようと思ってもやめられなかった経験があります。「ここを過ぎたら終了しよう」と思うのですが、「もう少し」「もう少し」と、ついつい続けてしまう・・・。
これはまずい!と感じた私は、最後までクリアしたあと、ビデオゲームには手を出していません。
初期のゲームですから画像は粗いし、動きだってカクカクと水平垂直に移動する程度の、素朴なものだったんですよ。それであんなに魅入られてしまうのですから、今どきの美しい映像で作りこまれたゲームだったら、どうなってしまうことやら。
「ゲームはすべきでない」と言いたいわけじゃありません。人々を魅了するゲームや映像は素直にすごいと思うし、それを作るクリエイターたちを尊敬します。
ただ、受け手の側の問題として、「あっちの世界」に行ったまま、戻れなくなる人がいるっていうことです。
非日常と日常の関わり

非日常の楽しみを、リフレッシュのために有効に使うことができるか、中毒になり依存してしまうかの違いは、どこにあるんでしょうか。
それは、現実世界とのつながりが鍵だと思います。
私の場合は、ゲーム以外の、やりたいことがありました。絵を描くのが好きだったし、仕事にもやりがいを感じていました。だから、ゲームに引き込まれながらも、戻ってくることができました。
だけど、もし現実の世界に、自分をつなぎとめる存在がなかったら。
やりたいことなんて特にない。心を打ち明けられる大切な人なんていない。もしそんな状態だったら、非日常の世界の方がはるかに魅力的で、そこから戻りたくなくなるのは、当然のことでしょう。
そう考えると、「やりたいことが何もないからゲームでも」っていうのは、かなりリスキーな行動じゃないかなって気がします。自分が依存体質だからそう感じるだけでしょうか?
非日常での顔は、自分の別の面

さて、話を「竜とそばかすの姫」に戻しましょう。
映画の中のバーチャル世界「U」は、別の人になれると謳っているのですが、それぞれのアバターは本人の生態情報からつくられたものでした。つまり、「別の自分」ではなく「自分の別の面」が現れているわけです。
だから、主人公の少女は、「U」での活躍が契機になって、現実世界での生活も活発になり、本来の自分らしさが開花していきました。
この点は、自分とは全く別物であるゲームに埋没するのとは、だいぶ違いますね。
もともと自分が持っている、別の面。
眠っている力、隠している想い。
イメージの世界で自由に遊ぶことは、本来の自分と出会い、自分らしさを成長させる機会になるんですね。
安全に「非日常」と遊ぶ方法

実は、「U」はなくても、
自分らしさがおのずと輝きだす場所に行くことは、できるんです。
それが、アートセラピーです。
アートセラピーは、色や形、いろいろな素材と触れながら、自由に想像の世界で遊ぶことができる時間を提供します。
これは、「絵が上手にな人になれますよ」という意味ではありません。
「上手、下手」を気にすることなく、つまり、自分を縛る批評を無視することで、自分らしさを発揮できるようになるんです。
大人らしく分別を持ってふるまうことを止め、初めて画材に触れた幼児のように遊ぶ。
その経験は、あなたの中に眠っている創造性を目覚めさせてくれます。
そして、アート制作によるイメージ体験は、バーチャル世界にとりつかれるような危険性はなく安全だという点でもお勧めできます。
アートセラピーへのお誘い

ぜひ、アートを通じて、非日常を楽しむ経験を、試してみてほしいです。
「絵が苦手」と思い込んでいるあなたにこそ、解放の快感を味わってほしいと思います。
関心を持たれた方は、ぜひコメント欄から、声をかけてください。自分と出会うイメージ世界への旅を、ご紹介させていただきます。