悲しみをアートにのせて:大切な人への想いをコラージュで紡ぐ

今回は、大切な人を亡くした経験を、コラージュというアート表現を使って分かち合い、語り合う時間をもった、そのご報告になります。

葬儀に参列することで「もう会えないんだな」と思い知り、時間の経過によって悲しみの強烈さは和らいでいくけど・・・

やはり、その悲しみや寂しさを、誰かと分かち合うことは、大きな助けになります。

そして、そこにアートがあれば、自覚していなかった感情に気づいたり、言語化が難しい想いをも、外に出すことができる。

今回は、そんなお話です。

中間玲子先生のこと

2024年8月、私は、とても信頼していた方と、悲しいお別れを経験しました。

中間玲子先生。兵庫教育大学の教授で、私が大学院で学んでいたときの指導教員でした。

青年心理学、自己心理学がご専門でしたが、幅広く豊かな知識と関心をお持ちで、学生には、暖かく厳しく、熱心に指導してくださっていました。

その、いつも生き生き、溌剌としておられた先生が、癌を患い、亡くなられたのです。

癌なんだとはお聞きしていましたが・・・今は昔と違って、癌って、治る病気になったという認識でいたので、まさかお亡くなりになるとは思いませんでした。ショックでした。

中間先生を偲ぶアートワークの会

それから2か月を経て、

ふと、中間先生を偲んで、コラージュを作ってみようと思い立ちました。

私は、年始や年度替わりなどの節目には、コラージュをつくるのが、ここ最近の習慣になっていまして、コラージュ制作が、自分の気持ちの整理をしたり、ビジョンを見出したりするのにとても役立ってきたんです。

コラージュに関しては、こちらの記事もよかったらお読みください。

でも、今回は、自分ひとりで取り組むのではなく、中間先生のゼミで学んだ仲間たちと一緒に、先生を偲びたいなと思ったのです。中間先生が大好きで、その思いを分かち合う時間を持ちたいと願っている人がたくさんいるはずだと思いました。

これが、「中間先生を偲ぶアートワークの会」を開催することになった経緯です。

中間ゼミのオープンチャットを通じて呼びかけたところ、修了生および現役の学生だけでなく、中間先生のご友人と、中間先生のお母様もお越しになることになり、合計7名の参加で、会は開催されました。

作品から知る、自分の想い

まずは、私自身の作品と、どんなことを感じたのかをお話しますね。

コラージュ作品は、使用した画像の著作権の判断が難しいと聞きますが、商用利用ではない個人的な作品なので、制作の趣旨を汲んでご容認いただければ幸いです。作品に使用した写真のうち、左側の白い収納家具の写真は通販カタログからの切り抜きですが、何のカタログだったかは不明です。右下の白い柵の風景は、雑誌「信徒の友2021年10月号」の表紙を切り抜いたものです。残りの写真は著作権フリー画像です。

一番最初に選んだのは、収納家具の写真でした。博識だった中間先生の、「引き出しがたくさんある」というイメージに合っていた気がします。色合いもさわやかで、先生の軽やかさと似合う感じでした。

そして、中心に置いた飴玉は、先生が時々お菓子を差し入れてくださったことから。でも、それ以上に、この写真は、ゼミでの学びの時間がとっても楽しかったことの象徴だと思います。

最後に、「これだ!」と強く惹かれて選んだのが、右下に貼っている、柵のある風景写真です。
柵って、制限とか、隔てる感じがあって、私はあまりいいイメージを持っていなかったのですが、なぜかこの写真は、使いたくなりました。

完成後に改めて見てみると、この柵から「ああ、先生とは、もう隔てられちゃったんだな。もう、相談したり、頼ったりできないんだな」ということが、すごく胸に迫ってきました。私の、離別の悲しみに、すごく合っている写真だったんだと思います。

でも、それからまた改めて見ると、柵によって左と右が分けられてはいるけれど、地続きであり、なんだか並走しているかのような印象もあって・・・

これから先も、学んだり研究したりしていくときには、「中間先生ならどう言うかな」ということを考えるだろうし、先生の面汚しのようなことはするまいと自戒する気持ちもあるから、

そういう意味では、「先生とこれからも一緒に進んでいくんだ」というイメージをも、この写真は私に心に伝えてくれた気がしました。

コラージュ制作と、そのあと作品を眺めて語る過程を通じて、私は、悲しみを改めて表現するとともに、和らいだ気持ちにもなることができました。

皆さんの作品

作品を公開することを許可してくださった方のコラージュをご紹介します。

この作品の赤ちゃんの写真2点は、通販カタログに掲載されていたものです。発行年等は不明です。

悲しい想いを抱えてのコラージュではあるのですが、どの作品も、楽しさや明るさがあるように感じました。やはり中間先生のお人柄や思い出が、素敵なものだったからなんでしょうね・・・・

当事者同士で語り合うこと

制作時間のあとは、それぞれの作品を見せながら、作品に込めた想いや、中間先生との思い出を語る時間でした。

お話しされた内容については、やはりデリケートなことですし、ここでお伝えするのは控えたいと思います。

でも、同じ人を思いながら話すことは、誰かに「最近、悲しいことがあってね・・・」と話すのとは、やはり違いますね。「わかってもらえる」「この気持ち、きっと同じだよね」と信頼し、繋がれるような感覚がありました。

さらに、「そんなことがあったんだ」と初めて知る話も、とても興味深く、ますます、中間先生のことを親しく感じることができました。

心を癒すアートの力

ご参加になった方が、「気持ちが整理できた」「参加してよかった」という感想を寄せてくださったので、開催してよかったなと思っています。

私は、アート表現が、心を癒す働きを持っていることを知っていますし、特に、死別の悲嘆のケア(グリーフ・ケア)には、強い関心を持っています。

実は、流産の経験がありまして、そのとき、悲しみを受け入れるのに本当に助けになったのが、イメージとアート・ワークだったのです。アートは、アタマの表面的なところではなく、心の奥底まで届いて作用するパワフルなお薬。この癒やしの力を活用した心理療法が、アートセラピーです。

もしもあなたが、大切な人との死別について話すことができずにいるのでしたら、アートセラピーを試してみませんか。
お一人でも、ご家族やご友人と一緒にでも、アートを使って、言葉にならない想いをおもてに出してあげる、そんな時間をつくるお手伝いをさせていただきたいと思っています。「お問い合わせ」から、ぜひ声をかけてください。

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