
自分の中で、願いや考えが対立することって、誰でもありますよね。
ごく日常的な場面では、たとえば、
人生設計にかかわる大きな葛藤では、たとえば、
対立するふたつの立場が、どちらも自分の本心で、どっちをとればいいのかわからない・・・。
こんな、「心が引き裂かれる」ような感覚、誰でも味わったことがありますよね。
今回の記事は、自己内の対立や葛藤について、新しいとらえ方で説明してくれている「対話的自己論」についてです。
にっちもさっちもいかない悩みの時に、「対話的自己論」で自分を見直すと、少し気持ちが楽になるかもしれません。
対話的自己論とは

「対話的自己論」は、オランダの心理学者ハーマンスらが提唱したものです。
すごく簡単に言ってしまうと、
「自分というものは、『さまざまな私』がいて、『私』同士が自己内対話をしているものなんだ」という考え方です。
つまり、対立・葛藤するような状況では、一人の私が引き裂かれているわけじゃなくて、そもそも、異なる立場の、それぞれの「私」が、自分の中にいるんだ、ということですね。

二つの声のあいだで引き裂かれる私

異なる「ポジション」の対話
「いろんな自分が中にいる」というと、多重人格者みたいなイメージになってしまうかもしれないんですが、そうではないんです。
多重人格といわれる障害は、虐待などの苦痛に満ちた現実から自分を救うために、自分を解離させてしまう現象だといわれています。「これは私に起こっていることじゃない」ということにするわけですね。そして、「私」に代わってその場の対処をする「別の私」が生まれます。通常、「主人格」である「私」は、別の人格の存在を知らず、「別の私」になっている間の記憶もありません。
対話的自己論で言われている「さまざまな私」は、知らないうちに生まれた別人格ではなく、意識化できるものなので、多重人格的な現象ではないんです。
それぞれの立場にいる「私」のことを、ハーマンスは「ポジション」と呼んでいます。「違う立ち位置」っていう感じですね。
ポジション:さまざまな立場の「私」

それぞれのポジションは声を持っていて、他のポジションの声に対して反応をします。
たとえば、転職したいと思っている「ポジションA」と、職場の安定性を重視している「ポジションB」が自己内世界にいるとすると、
・・・というような対話が生まれるかもしれません。
そして、この二者間の対話に、さらに第三の声(それは家族の意見という形で聞こえてくるかもしれません)、第四の声(それは映画の登場人物のセリフかもしれません)なども参加してくるかもしれません。
こうして、対話を通じて、何らかの折り合いをつけていくプロセスが自分を構成していき、「私という物語」が紡がれていくのです。
少し離れて自己内対話を聴く

さて、「対話的自己論」をご紹介したんですけど、
この理論を知ったからって、悩み事がたちまち解決するわけじゃありません。でも、
この「自己内対話」のイメージを採用することで、私は、なんだか少し、気がラクになるように感じたんです。
悩んだり、葛藤したりしたときに、「心が引き裂かれる」っていうイメージだと、なんだか耳をふさいでうずくまってしまいそうな感じになるんですけど、
「自己内対話」だとイメージすると、なんだか、その対話を「どうなるかな」と少し離れて眺めるような感覚になるんです。映画を観ているような、物語を読んでいるような、そんな感じ。
「離れてみるポジション」をとることで、葛藤・問題の中に完全に巻き込まれてしまって身動きがとれなくなっている心が、動き出すような気がします。
ハーマンスは、この「俯瞰的なポジション」のことを、Self と呼んでいます。
「対話的自己論」についての書籍
今回の記事は、
「対話的自己論 デカルト/ジェームズ/ミードを超えて」ハーマンス&ケンペン著、溝上慎一・水間玲子・森岡正芳 訳、新曜社(2006年) をもとにお届けいたしました。
すごく興味深い理論なのに、この本は絶版になっていて、今、24700円という高値がついています。さらには161万円!!ていう値段の本も!この値段で買う人、いるんでしょうか?
なんとか再販してもらえないもんでしょうかね・・・。
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