
今回の記事は、失敗や間違いは誰にでもある!だから気にするな!
ということではなくて、むしろ、失敗や間違いこそが創造的な生き方の源なんだ という内容です。
「やってしまった・・・・」とガックリ来ているときに、きっと元気が出ると思いますので、ぜひ目を通してみてくださいね。
まちがえる脳

櫻井芳雄「まちがえる脳」2022 岩波新書
私は、今、櫻井芳雄氏の「まちがえる脳」という本を、興味深く読んでいるところです。
考えたり、判断したり、行動を決定したりするのは脳だ、ということは誰もがうなずく周知のことだと思いますが、
脳内で信号を伝える機能は、確実だとはとても言えないものらしいです。
櫻井氏は、「不規則かつ低速度で多様性のない信号の伝搬に基づき、わたしたちの脳が働いているとは、にわかには信じがたい(「まちがえる脳」p.35)」と言っています。
脳内で信号が伝達されるのはサイコロを振るようなもので、「しかも、そのサイコロには、目が1から100まであり、当たりの目は数個しかない(同掲書、p.36)」という低確率でしか、信号が伝わっていないのだそうです。
そ、そんなに脳って、バカなのか!!!って感じですよねー。
脳の働きは、協力体制

ただ、実際には、私たちは、いくらなんでも失敗90,成功10というほどのダメダメぶりではないですよね。こんな成功率では、さすがに生き残れていない。
実は、脳内では、同時に多数の信号を発生させるという「協力」が行われているんですって(ニューロンの「同時発火」というそうです)。
つまり、脳内の働きというのは、一流のスナイパーが一人いて確実に一発必殺 というものじゃなく、「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」式の下手なモブキャラ達が、大勢で、頑張って一斉に打ちまくってる という状況ってことでしょうか。
なんか、けなげです・・・・。
いずれにしても、人間は間違うのが当たり前で、正確さにかけては、コンピューターには全くかなわないのです。
正確ではないからこそ柔軟に対応できる

でも、正確じゃないからこそ、脳はすごい!ということも、この本では説明されていました。
正確ではないということは、他の情報や機能に置き換わったりして、変化してしまうということですが、これは、別の見方をすれば、柔軟であり、臨機応変であるということでもあります。
「こうすれば、必ずこういう結果にならなければいけない」という頑なさから自由であるということなんです。
「まちがえる脳」では、その例として、てんかんの治療のために脳を片側まるまる切除した人が、数か月後には元通りの生活に戻れる ということが紹介されていました。
容量が減ってしまった脳の中で、通常とは異なる「正しくない」機能が行使されたわけですね。
違う部署の仕事が滞ってきたとき「これ、俺の担当じゃないから、知らないよ」ではなく、協力してどうにかやりくりすることができる。これは脳が「間違えることができる」という柔軟性があるからこそなのです。
間違いから生まれる新しい世界

「間違えてしまう」ではなく「間違うことができる」。そう考えると、新しい世界が広がるような気がしませんか?
初めて抽象絵画を世に送り出した画家、カンディンスキーの有名な逸話をご存じでしょうか?
彼は、ある日、帰宅すると、自分のアトリエに、神秘的な輝きを持つ素晴らしい作品が置いてあるのに気づきます。その美しさに衝撃を受けた彼が、いったい誰の作品だろうかと近寄って見てみると、なんとそれは、彼自身が馬を描いた作品だったのです。
それを横倒しの向きに置いていたために、それが自分の作品だということも、馬の絵なんだということも、わからなかった・・・つまり「間違えた」わけです。
でも、その「間違い」が、カンディンスキーに、純粋に色と形が響きあう「抽象絵画」へと目を開かせることになったのです。
抽象表現は、それを見る側にも、柔軟性を要求します。その色や形に何を連想し何を感じるかは、まったく人それぞれです。
「これが正しい、これだけが正解」という世界から、「これもあり、あれもあり」の世界へ。
このような広い世界は「間違うこと」を「可能性に開かれていること」と捉えることから始まります。
正確さは、コンピューターに任せてしまって、私たちは、間違うことのできる柔軟な世界を、楽しんでいきましょうよ。
間違いを楽しむアート

間違うことを楽しむ という在り方を試すには、アート体験が絶対おすすめです。上手、下手ではなく、ただ「面白いな」と思える表現を試してみる、そんな自由なアートを、ぜひ生活に取り入れてみてください。
絵が苦手・・・という人は、「上手でなくてはいけない」という得体のしれない「正確さ」にからめとられてしまっているんだと思います。
このブログでは、「上手・下手」のないおすすめのアートワークを紹介していますので、ぜひごらんください。

