悲しみを感じなくする薬

もし「悲しみを感じなくなる薬」があるとしたら、ほしいですか?
たとえば、あなたの大切な人が亡くなって、
悲しみに心を刺し貫かれているときに、
「これを飲めば、悲しみが消えるよ。」と、薬をさしだされたら。
あなたは、飲みますか?
ある本の中に、
「最愛の人を亡くした後に、抑鬱状態から脱するために安定剤を処方されたら」という趣旨の文があったんです。
著者は言います。
「現実逃避の症例を除けば、その人は悲しみを鎮めることを拒絶するに違いないと私は確信します。
なぜなら彼は(中略)それで最愛の人が生き返るわけではないと言うでしょうから」。
さらに、
「(彼は)この抑圧を取り除くことよりも抑圧をもたらす理由に関心があるのでしょう」と続きます。
「絶望から希望を導くために ロゴセラピーの思想と実践 」(ヴィクトール・E・フランクル著 青土社)
喪失の経験は、私にとって・・・
これを読んで思い起こしたのは、私自身の流産の経験です。

私は、妊娠10週目くらいで流産したことがあります。
流産って、経験して初めて知ったことですが、ほんとに、どうしようもなく辛いんですよ・・・
経験するまでは、会ったこともない、妊娠を知ってほんのわずかな期間しか経っていない喪失に、こんなにダメージを受けるものだとは知りませんでした。
会うことが叶わなかったからこその、痛烈な悲しみがあるんですよね・・・
そして
「赤ちゃんの死を知っても、悲しみを感じない私」をイメージしてみたら、
答えは明白でした。
嫌だ。
赤ちゃんを失ったのに悲しみを感じないなんて、絶対に嫌だ。
それよりも、悲嘆の痛みに苦しむ方が、ずっといい。
そう感じました。
悲しむことは、誠実に生きること
失ったという事実が、もう変えられないものならば、
悲しむことは、大切な、必要なこと なんだと思います。
悲しいのは、そこに愛情があったからです。
絆があったからです。
だから、悲しみを否定することは、その愛情を否定することになってしまう。
大切な絆を、なかったことにしてしまう。
人との別れだけじゃなくて、
たとえば、慣れ親しんだ場所との別れや、願い求めた夢を断念することなど、
生きていく中で、私たちは数々の喪失を経験します。
できれば経験したくない、つらい出来事。
でも、そこで、「ちゃんと悲しむ」ってことこそが、誠実に生きること なんじゃないでしょうか。

「悲しみを感じなくする薬」
私は、飲みません。
大切な誰かや、何かを、ずっと大切にしていくために。
そして、その誰かや何かに心を注いできた「私」という存在を、大切にしていくために。
ただ、もちろん、悲嘆のために日常生活が立ち行かないほど深刻な状況が長く続いているなら、お薬が役立つ場合はあると思います。
薬物療法全般を否定しているわけじゃないことを、申し添えておきますね。

悲しみとおだやかに向き合っていくために、私がお勧めしたいのは、アートセラピー です。
色や形、素材に触れることで、自分の心とコミュニケートしていくことができるんです。
アートセラピーに関しては、こちらの記事をぜひお読みください。