
自分が何か失敗してしまったとき、心に響いてくる声は、どんなものですか?
「私は駄目だ、自分が嫌になる・・・」などと、責める言葉を自分に浴びせかけてはいませんか?
でも、その「自己叱責」は、ただ自分を傷つけているだけで、問題解決のためには全く役にたたないものなのです。
今回は、これとは正反対の、「セルフ・コンパッション」・・・「自分への思いやり」についてのお話です。
セルフ・コンパッションとは

「セルフ・コンパッション」について、聞いたことがありますか?
コンパッション(compassion)は、「同情心」とか「哀れみ」とか「共感」などと訳され、
痛みや悲しみ、苦しみなどへの思いやりを示す言葉です。
つまり、「セルフ・コンパッション」とは、直訳すれば「自己共感」。
自己の痛みへの共感・思いやりを持ちましょう、ということですね。
「共感」の大切さ

「共感」の大切さは、誰もが認めるところでしょう。
例えば、友人が何か大きな失敗をして意気消沈しているとしましょう。
その友人に向かって、あなたは、
「あなたって本当に馬鹿ね。いつも肝心なところで失敗するんだから。みんな、あきれてるよ!もう誰も、あなたのことを信用しないでしょうね!」
なんて言いますか?
絶対、言いませんよね。
むしろ、
「大変だったね・・・つらいよね・・・」などと優しく声をかけ、友人の辛い気持ちを聞き、慰めるのではないでしょうか。もしかしたら気晴らしにカフェに誘うなど、ダメージからの回復のために働きかけをするかもしれません。
だって、その失敗がどんなに大きなものだったとしても、責め立てることは傷を広げるだけで何の役にも立たないですから。
自分を責めず、優しくする

ところが、自分のこととなると、とたんに、共感ではなく、責め立て、傷つける言葉を向け始めることが多いのではないでしょうか。
「私って、いつもそう。本当に失敗ばかりして・・・いつまでたっても迷惑ばかりかけて・・・」なんて、自分に言ってしまってはいませんか?しかも、繰り返し、いつまでもクドクドと・・・。
「セルフ・コンパッション」の考え方は、
親しい友人にかけるような優しい言葉、思いやりのある態度を、自分に向けてあげることを勧めます。
「そんなことをしたら、自分を甘やかしてしまう」と思うかもしれませんね。
「自分に厳しくしてこそ、人間は成長するんだ」という考え方ですね。これは立派なことのように聞こえます。向上心を持つ、ってことですね。
でも、傷ついているときには、まず、その傷の回復が先です。傷を悪化させることと、自分を向上させることは、別のことなんです。
セルフ・コンパッションは、責任逃れではない

また、セルフ・コンパッションは、やってしまったことを「なかったことにする」ことではないし、「私は悪くない」と責任放棄するのとも違います。
ただ、自分に思いやりを示してあげる、ということなんです。
例えば、カッとなって、友人に暴言を吐いてしまい、そのことを後悔しているとしましょう。
自分の言動は、確かに良くなかった、それは事実。だけど、「忙しくて、イライラしていたんだよね。余裕の持てない生活で、大変だったよね」と、自分に言ってあげるんです。友人の、赦しの言葉を聞く前に、自分で自分に、赦しの言葉を聞かせてあげるんです。
子自分を責めてしまう癖を、書き換える

私は、この「セルフ・コンパッション」の考え方を知ったとき、本当に、これって、すごく大事なことだなあと思いました。
自分を打ち叩いても、自分を委縮させ、卑屈にさせるだけ。さらには、その裏返しで、人にも思いやりを向けられなくなってしまうかもしれない。そう思いました。
とはいえ、自分を責めるのって、ほとんどの人は、癖になっていて、無意識にやってしまうんではないでしょうか。もしかしたら、「ほんとにもう、私ったら、いつもいつも自分を責めてばかりで、なんて駄目なの・・・」なんて、それ自体がまた自己叱責の材料になったりしかねません(苦笑)。
「かわいそうに、自分を責める癖がついてしまってるんだね。その癖を、直そうとしているんだよね、頑張ってるね!偉いよ!」
そう、自分に言い聞かせながら、少しずつ、健康な心の私になっていきたいと思います。
今回の記事は、「セルフ・コンパッション:あるがままの自分を受け入れる」クリスティーン・ネフ著 ; 石村郁夫, 樫村正美訳、金剛出版, 2014 を参考に、お届けしました。