明るい笑顔♪がいいとは限らない

あなたは「明るい人」ですか?

いますよね、華やかで、その人がいるとパッと場が明るくなるような、楽しい人って。あなたは、そういう人でしょうか?

私は、そうではありません。場を盛り上げて、明るい空気を常にまとっているような人を、うらやましいなと思っていました。

でも。
「明るいことがいい」とも限らないな…と、最近特に思うんです。今日は、「明るさも暗さも、人それぞれでいいんだよね」というお話です。

明るさによるプレッシャー

私、この夏から、運動系の習い事を始めたんです。「女性だけの健康体操」ってやつ。
私は運動・スポーツは大の苦手で、積極的に取り組んだことはこの人生で、ほぼありません。でも、座って過ごす時間が増えた今の生活で、さすがにこのままじゃまずいだろうと思い、一念発起したわけです。

30分だけだし、家の近所だし、好きな時間に行けばいいし・・・ということで、3か月続いています。運動に継続して取り組むなんて、自分史上初の快挙!偉いぞ、私!気をよくして、週に2回行っています。これからも末永く続けるつもり。

で、それはいいんだけど。

実は困ることが一つありまして。

それは、コーチの皆さんが、キラキラ明るすぎることなんです。

入室するとすぐに「文子さーん、こんにちはー!」と明るい挨拶、眩しい笑顔。「忙しくなるって言ってたのに、よく来れましたね!」と褒めてくれます。
マシンで運動中も「文子さん、いいですねー、とってもいい姿勢をキープできてますよ!」と、爽やかに褒めたりアドバイスしたり。
終われば「お疲れさまでしたー、今日も頑張りましたね!」と、また誉め言葉。「じゃあまた、待ってます!」とキラキラ笑顔でお見送り。

いや、すばらしいです・・・。

でも、この明るさ、爽やかさが、私はつらいんです。なんか、眩しすぎて。タジタジとなっちゃう。「いや、あの、その・・・」と、じりじり後退したくなっちゃうの。

明るさが「圧」になってるんです。キラキラ光線が、迫ってくる感じ。

 

もちろん、コーチたちが、どんより暗い顔をして、挨拶もなく、不愛想だったら、そんなところ誰も行かないですよね。私だってそんな暗ーいコーチは嫌だけど。

でも、「明るいのが、いい」ってわけじゃないなー。と、毎回実感しているところなんです。

明るさが心を傷つけることもある

私自身も、実は「笑顔が明るすぎます」と指摘された経験があります。本当に申し訳ないことをしたなと反省している出来事です。

それは、流産・死産等で赤ちゃんを亡くされた方が集まるお話会でのこと。私は、アートセラピストとして、アート制作のプログラムを提供するために参加していました。

閉会後、お話会の主催者の方に「良くなかったこと、注意した方がいいことはなかったでしょうか」とお尋ねしました。そのときにいただいたフィードバックが、先の言葉「笑顔が明るすぎました」でした。

 

「赤ちゃんを亡くされて、どん底まで気持ちが落ちているので、明るい笑顔に接した時に『きっと私の気持ちなんかわかってもらえない』って感じてしまう」と言われたのです。

「明るすぎる、と感じたのは最初の挨拶のときだけで、あとは大丈夫でした」とは言ってくださいましたけど、「ああー、失敗したな」と猛省しました。元気いっぱいに明るさをふりまいたりはしてなかったはず、なんですけど・・・もっともっと、あの場では、トーンを落とすべきだったのですね・・・。
挨拶の時だけだったとは言っても、そこでお気持ちを傷つけられた方があったかもしれません。本当に申し訳ないことでした。

陰キャ・陽キャ

人柄や性格の「明るい、暗い」に関して、
「陰キャ」「陽キャ」って言葉は、いつから使われてるんでしょうかね。私の世代だと、昔は「ネクラ」「ネアカ」っていう言葉がありました。若い世代の方のために解説しますと、ネクラは「根暗」=「根が暗い」ってことで、人柄の根本のところが暗いということ。ネアカは「根明」で、ネクラの反対の意味です。

 

ただ、「陰キャ・陽キャ」という言い方と比較すると、「根暗・根明」の方は、外に見せている自分の姿ではなくて、内面的な部分について言っていたように思います。

つまり、「根暗」の場合は、「人付き合いがよくて元気いっぱい、いつも笑顔♪」という人であっても「実は、ベースは地味で暗いんです」という場合もあり得たんです。

でも、「陰キャ」と言ったときには、人付き合いの中で見せる表面的なところだけが扱われているように感じるんですが・・・。(この「若者コトバ」のリアル世代ではないんで、違ってるかも。あってますか、この理解で?)

いずれにしても、何か世の中では、「明るいのがいいことで、暗いのはよくない」という価値観があるように思います。

 

でも、そうじゃないですよね。

明るさが、人を傷つける場合や、遠ざける場合だってある。

ならば、「明るくない」ということが、誰かを安心させることになったり、誰かとつながる力になったりする場合だってあるはずなんです。

明るくなくてもいい

明るく輝いていなくてもいい。

繊細に、目の前にいる誰かの気持ちに沿いながら、
無理なく自分らしく、そのままの私でいたい。そんなことを思っています。

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