「何もできない」の不安を「何もしない選択」に変える

 

「何もできない」・・・そんな不安や焦燥感を感じることはありませんか?

人生、順風満帆のときばかりじゃありません。思い通りに物事が進まないとき、身動きが取れないとき、積み上げてきた物が崩されるときもあります。

でも、今感じている「何もできない私」という認識を、「何もしない」という決断の意識に切り替えるだけで、状況は一気によくなります。今回は、そんなお話です。

こんなはずじゃなかった…の日々

「こんなはずではなかった・・・。」
この記事を読んでくださっているあなたは、そんな失望や焦りを感じている方でしょうか。

 

実は私自身が、思い描いたプラン通りに物事が進まなくて、不全感を感じながら生活しているひとりです。
だから、ここでお伝えすることは、「こうすれば、人生思い通りですよ!!」というような「グイグイ進む系」の解決策ではありません。

芳しくない現実はそのままであっても、そこで生きる私の意識を、変えよう。ということなんです。

男性性と女性性

 

グイグイ突き進む「「男性的」な価値観から、ただ存在し受け入れる「女性的」な価値観への切り替えが必要なんだな~ということを、最近しみじみと考えています。

 

ここで、「男性性」「女性性」という言葉を使いましたが、

私は、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」といったステレオタイプのジェンダー・イメージには抵抗を感じますし、そんな因習に囚われたくないと思っています。ですので、ここで話題にする「男性性」「女性性」というのは、あくまで象徴としてのものです。

誰でも心の中には「男性的なもの」「女性的なもの」と表現されるものを持っているので、生物学的な性や自認する性に関わりなく、「そういう面がある」と受け止めて頂ければと思います。

剣と器

華やかに活躍し、新しい道を切り拓き前進していくイメージは、とても男性的です。神話や昔話では、男性の持ち物として典型的なものは剣ですね。

そびえ立つもの、鋭利なもの、険しいもの。
対決し、分離し、乗り越えていくのが、男性性です。

 

では女性性を象徴するものはというと、それは壺、箱などの器です。昔話でも、器や入れ物は重要アイテムとしてよく登場します。代表格は、竜宮城みやげの玉手箱でしょうか。

受け入れ、包み込み、そこに在るもの。それが女性性です。

「ただ、在る」ということ

物事がうまくいかないとき、やみくもに戦っても消耗するだけです。剣は役に立ちません。

「何かをする」のではなくて、「ただ、いる」こと。今はそれを大切にするときなのです。

 

女性的な成長プロセスについて、モーリーン・マードックは、こんなことを言っています。

自分で「いる」には自分を受け入れ、その中にとどまり、自己主張して何かをしようとしないでいることだ。誰にも褒められなくて結構、という姿勢が要る。
ヒロインの旅 女性性から読み解く〈本当の自分〉と創造的な生き方」p.148 (フィルムアート社)

 

今は、切り崩して変化をつくり出すのではなくて、自分という器をみつめ、磨くとき。

それは、男性的な原理からすると、価値がないように見える、日常の小さなことを、ゆっくり行うことです。

モーリーンは、このようにも言っています。

ただ「いる」のは消極的とは違う。意識を集中する必要がある。  「ヒロインの旅」P.148

 

当たり前の日常が、心の「器」を磨く

さて、「何もしない」と言いました。つまり、無理に「勝負に出る」のではなくて、日々の生活を、「私は自分磨きをしているんだ」という気持ちで行うということです。

これって、結構難しいです。意識しなければ、たとえば家事って、単なる「義務」として、仕方なくこなしてしまうじゃないですか。

 

梨木香歩の小説「西の魔女が死んだ」でも、普通の日常生活を、大切な修行として扱うのだという話が出てきます。

不登校になった主人公、中学生の「まい」は、自分の家系が魔女的な不思議な力をもっているらしいということを知り、自分もその力を得たいと願います。そして、そのためのトレーニングをしたいとおばあちゃんに言うのです。すると、おばあちゃんがどう答えたかというと、

「そうね。まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」
梨木香歩「西の魔女が死んだ」新潮文庫 p.60

 

でした。
その返事を聞いたまいはガックリするのですが、おばあちゃんとのスローライフの中で、彼女は徐々に心を癒されていくのです。

「何もしない」を選び取る

「何もできない」から「何もしない」への意識の切り替え。

人目を引く変化はないけれども、意識をシフトチェンジすることで、鬱々とした心模様が、変わってくると思います。

私は、ずいぶん気が楽になりました。

心のモヤが晴れて行けば、新しく見えてくるものもあるかもしれません。

普通の、当たり前の今日を、「自分磨き」として、大切にしていきましょう。
私も、丁寧な生活はなかなかできていませんけどね・・・。修業として、心がけていきたいと思います。

 

「丁寧に生きる日々」のアクセントとして、アートを取り入れることもお勧めですよ。よかったら、他の記事もどうぞ。

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