
大切な人に、自分のことをわかってほしい。
大切な人の気持ちを知りたい。
わかり合いたい・・・・
それは、誰もが抱く、切実な想いです。
だけど、もし「わかり合えている」と思っているなら、
それは、むしろ心がすれ違っている証拠かもしれません。

実は「わかり合えているはず」という幻想を離れることが、大切な人の心に近づくために必要なんです。
思い込みから生まれる すれちがい
「私は相手のことをわかっている」という、ひとつのストーリーを検証してみましょう。
親戚のまゆみちゃん(4歳)は、プリキュアが大好き。
そこで叔母である正子さんは、まゆみちゃんの誕生日にプリキュアのステッキをプレゼントしました。
まゆみちゃんは大喜び。ステッキを手に、役になりきって夢中で遊ぶ姿を見て、正子さんもうれしくなりました。
翌年、まゆみちゃんの5歳の誕生日にも、正子さんはプリキュアグッズをプレゼントします。
まゆみちゃんは嬉しそうに受け取り、笑顔で遊んでいました。
そこで6歳の誕生日にも、正子さんは彼女にプリキュアグッズを贈ります。
まゆみちゃんはにっこり笑って「ありがとう」と言い、「後で遊ぶね」と、プレゼントを自分の部屋に持ち帰りました。
そして7歳。
プリキュアグッズを受け取ったまゆみちゃんは正子さんに目を合わせることなく、小さな声でお礼をつぶやき、背を向けました。
正子さんは「あらあら、ずいぶんそっけないわね。そろそろ反抗期かな?」と思うのでした。

さて、どうでしょうか。
まゆみちゃんは、本当に、正子さんからのプレゼントを喜んでいるでしょうか?
答えは、おそらくNOです。
最初のプレゼントは、たぶん彼女の関心に合っていて、大喜びしたんでしょう。
でも、子どもの興味関心は、変わっていきます。4歳のまゆみちゃんは、もう過去なのです。
正子さんは、まゆみちゃんの好みを「これだ」と決めつけ、修正することなく、思い込みのままプレゼントし続けています。
また、子どもでも、6歳くらいになれば「プレゼントを渡されたらお礼を言って受け取るもんだ」くらいの礼儀はわきまえています。
社交辞令としての笑顔を、正子さんは「喜んでいる」と思い、「まゆみちゃんはプリキュアが好きなのね」という信念がますます強固になります。
そして、その信念にもとづいて、まゆみちゃんの浮かない様子を「反抗期かな」と解釈し、
プレゼントが喜ばれていないかもしれないなどとは考えもしない・・・・
今後、まゆみちゃんと正子さんの関係は、どうなっていくと思いますか?
まゆみちゃんは、正子さんのことを、ずっと好きでいると思いますか?

これは極端な例かもしれませんが、似たようなことは私たちの日常で、普通に起こっているんじゃないでしょうか。
変化しつづけるのが人間です。
あの時、大切な誰かについて「わかった」と思ったことは、そのときには真実だったかもしれない。
でも、今はどうでしょう。
「わかったつもり」、自分の思い込みではないのでしょうか?
透明性錯覚と、確証バイアス
心理学的には、
「相手の心を正しく認識している」という思い込み を「透明性錯覚」というそうです。
透明性錯覚は、親密な関係で特に起こりやすいと言われています。
さらに、一度思い込むと、人はその思い込みに即した証拠ばかりを捜してしまいがちです。
正子さんが、まゆみちゃんの笑顔やお礼の言葉だけを「プリキュア好きの証拠」として採用し、浮かない顔については検証しないように、です。
これを「確証バイアス」といいます。いわゆる「色眼鏡で見る」っていうのに似てますね。

お思い込みの関係は、つづかない
ネガティブ思考を勧めているように聞こえたかもしれません。
だけど、「すべてを疑ってかかりなさい」という話ではないんです。
なにもかも、「本当は喜んでいないのでは?」「本当は嫌がっているのでは?」なんて疑い始めたら、
誰のことも信じられなくなってしまいます。
人間不信になることを勧めているわけじゃないんです。
そうではなくて、
「全部わかっている」と思い込むのは危険だ、という話です。
思い込みにもとづいて伝えられる好意は、単なる押しつけであって、迷惑でしかない。
幻滅し、失望し、親しかったはずの関係はうっとおしいものになっていくでしょう。
肝心なのは、
「私があなたについて知っていることは、一部にすぎないんだ」ということを認識することです。

私はあなたのすべてを知っているわけではない。
私の知らないあなたがいる。
人と人が、完全にわかりあうことなど、できないのです。
「わからなさ」を認め、相手を尊重する
「わかりあえないのは、悲しい」と感じられるかもしれません。
でも、そうじゃない。
「あなたのすべてを知ることはできない」と認識することは、相手を尊重することなんです。
相手の中に、私に知りようもない深さや広さがあるということを、認めることなんです。
わからないからこそ、ほんの少し「気持ちが通じた」と思える小さな瞬間を、慈しむことができます。

「あなたのことは、わかってる」。そんな幻想を離れてみましょう。
そうすることで、大切な誰かのことを新しく知り、心を心をつないでいくことができるんじゃないでしょうか。